道生館跡(読み)どうせいかんあと

日本歴史地名大系 「道生館跡」の解説

道生館跡
どうせいかんあと

[現在地名]中津市中津 桜町

中津藩では五代藩主松平昌高が国学を学んだことにより、国学が興隆した。とくに渡辺重名は平田流国学を伝えた。このような状況のなかで、重名の孫重石丸は安政四年(一八五七)家塾道生館を設立した。当館は中津藩内における多数の諸塾とは異なり国学を教授したので、攘夷を唱道する門人が多く集まった(中津藩史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む