道頓堀新戎町(読み)どうとんぼりしんえびすちよう

日本歴史地名大系 「道頓堀新戎町」の解説

道頓堀新戎町
どうとんぼりしんえびすちよう

[現在地名]西区南堀江みなみほりえ四丁目

単に新戎町ともいう。汐見しおみ橋北詰を境に新難波西之しんなんばにしの町の西に続き、南は道頓堀川に面する。元和元年(一六一五)道頓堀川開削によって形成された町で、明暦元年(一六五五)の大坂三郷町絵図に「新えびす町」と記される。大坂三郷南組に属し、元禄一三年(一七〇〇)の三郷水帳寄帳では道頓堀新戎町として屋敷数一三・役数一五半役で、うち半役は塚口屋信住樋屋敷拝領につき同一二年より一〇ヵ年は「堀江並」に役儀を勤めると注記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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