達磨寺村(読み)だるまじむら

日本歴史地名大系 「達磨寺村」の解説

達磨寺村
だるまじむら

[現在地名]中山町達磨寺、山形市達摩寺(だるまじ)

長崎(ながさき)村の南にある。六十里越街道が村の中央を南北に走り、東側を須(す)川が北流する。達摩寺とも記した。元和八年(一六二二)幕府領山形藩預地となり、寛永三年(一六二六)からは山形藩領。以降、同一三年幕府領、天和二年(一六八二)大名本多利長領、元禄一二年(一六九九)幕府領となり、寛保二年(一七四二)には米沢藩預地(「諸色留書帳」旧山形県史)、宝暦三年(一七五三)幕府直轄領に復し、天保一三年(一八四二)からは山形藩領。「最上記」には「山ノ辺村内」とみえ、高一千六二石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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