都介氷室跡(読み)つげひむろあと

日本歴史地名大系 「都介氷室跡」の解説

都介氷室跡
つげひむろあと

[現在地名]天理市福住町

氷室神社背後のむろ山東麓にあり、福住氷室ともいう。標高約四九〇メートルの平坦地にある二個の竪穴が氷室跡とされ、穴は長径約一〇メートル、短径約八メートルの長円形で、深さが約二・五メートルの摺鉢状。周囲に樹木が茂り日光をさえぎるようになっている。都介氷室は「日本書紀」仁徳天皇六二年条に、

<資料は省略されています>

とみえ、皇室領で、「延喜式」(主水司)に「凡運氷駄者、以丁充之、(中略)大和国山辺郡都介一所、六丁輸一駄」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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