野々庄村(読み)ののしようむら

日本歴史地名大系 「野々庄村」の解説

野々庄村
ののしようむら

[現在地名]日高町野々庄

円山(まるやま)川左岸、堀(ほり)村の北に位置する。中世は大将野(たいしようの)庄の地で、村名はこれに由来。江戸時代の領主の変遷は天保七年(一八三六)までは宵田(よいだ)村に同じ。同年幕府領となり(「御用部屋日記」など)、幕末に至る。慶長一八年(一六一三)の小出吉英所領目録(金井文書)に村名がみえ、高三九四石余。寛永一六年(一六三九)の知高帳では四一四石余(うち一九〇石余は畑高)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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