野辺地通(読み)のへじどおり

日本歴史地名大系 「野辺地通」の解説

野辺地通
のへじどおり

盛岡藩の地方行政組織三三通の一つ。北は田名部たなぶ通、南は七戸しちのへ通に接する。代官所は野辺地城跡(現野辺地町)に置かれ、野辺地代官の支配下にあった。「郷村古実見聞記」によれば当地域は藩政初期は七戸城代七戸氏、寛文五年(一六六五)からは七戸代官の支配下にあったが、元禄四年(一六九一)野辺地地方の村々が分離独立し、初めての野辺地代官に七戸給人の西野八左衛門が任命された。当地方には野辺地と横浜よこはま(現横浜町)の両湊があり、また津軽黒石領との藩境にもあたっていたため支配強化が図られたものであろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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