金吉村(読み)かなよしむら

日本歴史地名大系 「金吉村」の解説

金吉村
かなよしむら

[現在地名]耶馬渓町金吉

山国やまくに川上流域の支流、金吉川流域の谷間にあり、南は玖珠くす古後こご(現玖珠町)、北はしま村。慶長一三年(一六〇八)より元和七年(一六二一)にかけて、玖珠郡日田郡への走百姓九人がいた(「走百姓調査」松井家文書)。小倉藩元和人畜改帳では高七五九石余、家数一一三(うち百姓三五・名子三五・牢人二)・人数二九四、牛二一・馬一一とある。元禄豊前国高帳では高七五八石余で、カナヨシと読みを付している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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