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菅茶山 かん ちゃざん

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美術人名辞典の解説

菅茶山

江戸後期の儒者・詩人。備後生。名は晋帥、字は礼卿。那波魯堂に儒学を学ぶ。私塾黄葉夕陽村舎を開き、頼春水・山陽父子と親しく交わる。詩集に『黄葉夕陽村舎』がある。文政10年(1827)歿、80才。

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デジタル大辞泉の解説

かん‐さざん〔クワン‐〕【菅茶山】

[1748~1827]江戸後期の儒者。漢詩人。備後(びんご)の人。名は晋帥(ときのり)。通称、太仲。京都で朱子学を学び、帰郷して黄葉夕陽村舎(こうようせきようそんしゃ)を開く。頼山陽の師。著「筆のすさび」「黄葉夕陽村舎詩」など。かんちゃざん。

かん‐ちゃざん〔クワン‐〕【菅茶山】

かんさざん(菅茶山)

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百科事典マイペディアの解説

菅茶山【かんちゃざん】

江戸後期の儒学者,詩人。名は晋帥。備後(びんご)の人。那波魯堂に朱子学を学ぶ。六如以後の宋詩尊重期の代表的詩人で,その詩は風格高逸と称せられ,詩文集《黄葉夕陽村舎詩》は広範な読者を得た。
→関連項目神辺[町]頼山陽廉塾

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

菅茶山 かん-ちゃざん

1748-1827 江戸時代中期-後期の儒者,詩人。
延享5年2月2日生まれ。京都で那波魯堂(なわ-ろどう)にまなぶ。郷里の備後(びんご)(広島県)神辺にかえり,私塾黄葉夕陽村舎(のちの郷校「廉塾」)をひらいた。頼春水らとまじわり,備後福山藩主の命で「福山志料」を編集した。文政10年8月13日死去。80歳。本姓は菅波。名は晋帥(ときのり)。字(あざな)は礼卿。通称は太中。号は「さざん」ともよむ。詩集に「黄葉夕陽村舎詩」など。

菅茶山 かん-さざん

かん-ちゃざん

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朝日日本歴史人物事典の解説

菅茶山

没年:文政10.8.13(1827.10.3)
生年:寛延1.2.2(1748.2.29)
江戸中・後期の漢詩人。本来は菅波氏だが,修姓して菅。名は晋帥,字は礼卿,通称は太中(太仲とも)。茶山は号。 諡 を文恭先生。備後国(広島県)神辺で農業と酒造業を営んだ菅波久助(号を樗平)の長男。明和3(1766)年19歳で上洛し,那波魯堂に入門して朱子学を修めた。以後,しばしば上方に遊び,頼春水,葛子琴,中井竹山など大坂の混沌詩社の詩人たちと交遊した。天明初年34歳のころ故郷神辺に黄葉夕陽村舎と名付ける私塾を開き,村童の教育に携わることになった。これはのちに郷塾となり広く知られるようになって名も廉塾と改め,頼山陽,北条霞亭などが塾頭を務めた。詩人としては宋詩風の写実的な田園風俗詩を得意とし,村夫子然とした人柄で人々に親しまれた。詩文集に『黄葉夕陽村舎詩』,随筆に『筆のすさび』などがある。<参考文献>富士川英郎『菅茶山と頼山陽』,『菅茶山』

(揖斐高)

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世界大百科事典 第2版の解説

かんちゃざん【菅茶山】

1748‐1827(寛延1‐文政10)
江戸中・後期の儒学者,詩人。名は晋帥,字は礼卿,通称は太仲,茶山は号。備後神辺の生れ。19歳のときからしばしば京都に遊学し那波魯堂に儒学を学ぶ。天明初年,私塾黄葉夕陽村舎(のちの廉塾)を開き,生涯を庶民教育にささげた。福山藩儒に準ぜられ地誌《福山志料》を編纂。詩では当時の第一人者と目され,詩文集《黄葉夕陽村舎詩》は有名である。ほかに《筆のすさび》などの随筆も著す。【頼 祺一】

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大辞林 第三版の解説

かんさざん【菅茶山】

かんちゃざん【菅茶山】

1748~1827) 〔茶山は「さざん」とも〕 江戸後期の漢詩人。本姓菅波。名は晋師ときのり。備後びんごの人。京都の那波魯堂に程朱学を学び、神辺かんなべに帰郷して黄葉夕陽村舎(のちの廉塾)を開く。写実を旨とした清新な詩風で知られ、ことに田園詩が名高い。頼山陽の師。著「筆のすさび」「黄葉夕陽村舎詩」など。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

菅茶山
かんさざん

[生]寛延1(1748).2.2. 備後,神奈部
[没]文政10(1827).8.13. 神奈部
江戸時代中期~後期の漢詩人。名,晋帥。字,礼卿。茶山は号。京都の那波魯堂に朱子学を学び,郷里備後に帰って家の北東に私塾を築いて黄葉夕陽 (せきよう) 村舎と号し,のちに廉塾と名づけて子弟を教育した。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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