金山保(読み)かなやまほ

日本歴史地名大系 「金山保」の解説

金山保
かなやまほ

金山一帯に比定される。貞治五年(一三六六)闕所地処分により「金山」が下野の佐野新左衛門尉秀綱(法名道悟)に宛行われた(同年一二月二二日「足利義詮袖判下文」佐野文書)。ただしこの時宛行われたのは金山の六分一地頭職であり、翌六年七月二四日の沙弥宗気渡状(同文書)などによれば、三村入道・家富入道・物沢入道・山下入道・那軻入道との均分で、延文四年(一三五九)一二月の南朝方討伐の際の京都留守役としての恩賞であった。渡状を発給した宗気は、現富山市興国こうこく寺の伝桃井直常位牌に仁沢宗儀とあることから直常ではないかと思われるが、花押は観応以前のものと異なり不詳。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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