金山新田村(読み)かなやましんでんむら

日本歴史地名大系 「金山新田村」の解説

金山新田村
かなやましんでんむら

[現在地名]茅野市湖東こひがし 金山

せりさわ村の南に隣接する。芹ヶ沢村を親村とする新田であるが、開発の年代は明確でなく、承応二年(一六五三)とも、正保年間(一六四四―四八)ともいわれる。同村最古の検地帳は寛文一三年(一六七三)のもので、当時は六軒の百姓が住み、このうち三軒は芹ヶ沢の出で、墓地も芹ヶ沢にあった。同新田は芹ヶ沢からの出作も多く、芹ヶ沢の百姓たちによって少しずつ田畑が開かれ、寛文一三年の検地で独立が認められた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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