改訂新版 世界大百科事典 「金山衆」の意味・わかりやすい解説
金山衆 (かなやましゅう)
戦国時代から江戸時代の初めにかけて,それぞれの掘り場を持ちながら採金業をしていた山師の集団で,在地武士団でもあった。とくに戦国大名甲斐武田氏の支配下にあった黒川金山衆,中山金山十人衆,富士金山二十二人衆,信州金山衆等が有名である。このうち黒川金山からの採金にあたっていた黒川金山衆は,保科,田辺,蘆沢,古屋,中村,田草川,池田,保坂,依田等の各氏よりなり,山梨郡栗原筋に住んでおり,地縁的,血縁的なつながりが強かった。彼らは軍団としても有能で,1562年(永禄5)の武蔵松山城,71年(元亀2)の駿河深沢城,73年(天正1)の三河野田城攻撃等に,坑道を掘り水を断つなどして活躍している。またその技術によって治山・治水にもあたり,甲州流の土木技術には彼らが深く関与していたと思われる。武田氏滅亡後は徳川氏にかかえられ,伊豆,秩父,佐渡の鉱山開発にあたったり,関東地方の用水工事,甲斐の橋建設等に従事した。
執筆者:笹本 正治
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報