森林を維持造成することによって,林業の生産基盤である林地を保全すると同時に,山崩れ,洪水などによって国土が受ける災害を未然に防止する行為。荒れている山に土木工事や造林で森林を仕立てて山地を安定させる復旧治山や,現在の森林を保育管理しながら山を荒らさないようにする予防治山がある。なお,そのほかに農耕地を風の害から守る防風林の造成や,海岸の飛砂や潮害を防ぐ飛砂防備林・防潮林などの海岸林の造成など平地や海岸でおこなう森林造成も治山に含めている。
日本は地形が急峻で,山が荒れやすいうえ,河川が急こう配で短いため,水源地の荒廃は直接災害に結びつく。山崩れが直接人家や施設を直撃する場合はもちろん,山地が荒廃すると,はげ山の侵食,山崩れ,地すべりなどによって生産される土砂が河川に流れ込み,大量の土砂の混入によって洪水の量が増し,水源地から離れた下流でもはんらんの危険性が増す。また,極端に土砂の量が多いと,洪水のたびに河床に土砂が堆積し,いわゆる天井川を形成する場合もあり,こうした現象はますます洪水によるはんらんの危険性を大きくする。通常,治山治水といわれるように,水源地の治山と河川の治水は一体となって,はじめてその効果をあげうるものである。
治山治水のうち,治山は森林法にもとづいて農水省林野庁の所管として行う事業で,主として山地を対象として実行し,治水については建設省が河川事業・砂防事業として所管し,河川の管理に重点がおかれている。
治山事業はさかのぼれば,徳川時代の熊沢蕃山,河村瑞賢の思想に始まっている。とくに幕府に提出した河村瑞賢の構想は,水源林の禁伐,裸地への樹木植栽などを中心に,現在の治山工事の工法に似たものが含まれている。また,はげ山の復旧植栽にあたってヒメヤシャブシを肥料木として植栽する工法なども幕末に滋賀県の地方で発達している。明治に入ってヨーロッパの治水技術を導入するため,オランダのデ・レーケJohannes De RijkeやオーストリアのホフマンAmerigo Hofmannらが招へいされたが,日本の地形からすると治山を重視すべきであるとし,日本在来の治山思想を入れて渓流における土木工事を含めての方法に改良している。しかし,治山事業が体系づけられたのは,第1期治水事業が開始された1911年である。この事業は36年まで続いた。この間の前半には荒廃山地の復旧工事のほか,全国各地方の山地に森林測候所を設置して,山地の降雨状況を把握すること,および山地の原野に対して臨時の経費をもって大造林を実行している。第2期の治水事業は37年から47年まで実行した。48年からは治山事業は治水事業から独立して行われるようになり,第1次治山事業5ヵ年計画から始まり,完全に経常化している。
砂防工学でいう広義の砂防工事のうち,農水省林野庁が所管する工事をいう。山地における土砂生産の抑制を目的とし,山腹工事,渓流工事があるが,このほか防災林造成などが含まれる。山腹工事による山地保全が主体であるが,山脚の基盤を固めるために渓間を安定させる必要があり,渓流工事が行われる。一般に高さの低いダム類を連続して設置する階段的渓流工事を実施して渓流こう配を小さくする。このほか,護岸工,水路工などの渓間工がある。山腹工事は,はげ山,崩壊地などを対象に土木工事と植物植栽を組み合わせて斜面を安定させる工法である。この工事の第1要件は荒廃した斜面を平滑にするための法切り(のりきり)をおこない,斜面下方部を安定させるためと傾斜をゆるやかにするために石積み,ブロック積み,編柵(へんさく)を設ける。山腹斜面は階段工を設け,山腹に平坦面を作り,カヤやシバを筋状に植える筋工,植物の種子をまく実播(じつぱん)工,種子と肥料を土と水にまぜて散布する散布緑化工などを,治山用樹種の苗木を植える植栽工に組み合わせる。植栽には草本では各種の牧草類(とくにウィーピングラブグラスが多く用いられる),樹木はクロマツ,ヤシャブシ,ヒメヤシャブシ,ヤマモモ,ハギなどが用いられる。海岸林造成には静砂垣を設置して,クロマツ,グミ,ハギ,ニセアカシアなどが用いられる(〈海岸砂防〉の項目を参照)。
治山事業は全国各地で行われているが,愛知県瀬戸のはげ山復旧,兵庫県六甲の崩壊地復旧などがある。瀬戸内海沿岸の各地のはげ山は現在はこの工事によって緑化されている。鉱山による荒廃山地の復旧としては栃木県足尾の特殊荒廃地の復旧などが有名である。海岸砂防も古くから実行されており,鹿児島県の吹上浜,秋田県の能代海岸の海岸林造成は歴史的にも有名である。
執筆者:秋谷 孝一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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