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金忠善 きん ちゅうぜん

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

金忠善 きん-ちゅうぜん

1571-1643 織豊時代の武将。
元亀(げんき)2年生まれ。豊臣秀吉の第1次朝鮮出兵(文禄の役)の際,加藤清正に属して従軍したが,朝鮮軍に投降国王から姓名をあたえられ,投降した日本兵部隊の将となり,北辺防備などにあたった。子孫は代々慶尚道友鹿洞にすんだ。寛永20年死去。73歳。日本名は沙也可(さやか)。号は慕夏堂。

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朝日日本歴史人物事典の解説

金忠善

没年:寛永20(1643)
生年:元亀2(1571)
文禄の役(壬辰倭乱,1592)の日本人武将。日本語読みは「きん・ちゅうぜん」。日本名,沙也可。号は慕夏堂。加藤清正の先鋒将として朝鮮へ渡るが,東土礼儀の盛なる有様をみて,部下を伴い投降。鉄砲や火薬の製法を伝え,また金応瑞将軍のもとで数々の戦功を立てる。朝鮮国王宣祖から官職ならびに金海金氏の姓を賜り,子孫が慶尚北道達城郡の友鹿洞に住むことを許され,現在に至る。その劇的な生涯から架空の人物とされたこともあるが,朝鮮側史料により存在が確認された。人となりについては,『承政院日記』に「ただ胆勇なること超人ならず,性また恭謹」とある。<参考文献>『慕夏堂文集』,中村栄孝『日鮮関係史の研究』中

(田代和生)

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