元亀(読み)ゲンキ

大辞林 第三版の解説

げんき【元亀】

年号(1570.4.23~1573.7.28)。永禄の後、天正の前。正親町おおぎまち天皇の代。

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日本の元号がわかる事典の解説

げんき【元亀】

日本の元号(年号)。室町時代(戦国時代)の1570年から1573年まで、正親町(おおぎまち)天皇の代の元号。前元号は永禄(えいろく)。次元号は天正(てんしょう)。1570年(永禄13)4月23日改元。兵革(戦乱)の凶事を断ち切るために行われた。『毛詩(もうし)』(『詩経(しきょう)』)あるいは『文選(もんぜん)』を出典とする命名。この改元は、室町幕府第15代将軍足利義昭(よしあき)が朝廷に奏上した。義昭の後ろ盾となった織田信長(のぶなが)は、将軍の権威復活を嫌い改元に反対。いったん見送られたが、信長が朝倉義景(よしかげ)討伐に出陣した不在をついて実施された。この頃は、上洛を果たした信長に対して、各地の反織田勢力が攻勢を強めていた時期。1570年(元亀1)6月28日、信長と徳川家康(いえやす)の連合軍と朝倉義景・浅井長政(あざいながまさ)の連合軍との間で姉川の戦いが起こった。同年9月12日には、摂津国の野田城・福島城を攻める織田方を一向一揆が攻撃し、これを発端として信長と石山本願寺の間に、その後10年にもおよぶ戦いが始まった。翌1571年(元亀2)、甲斐国の武田信玄が三河国・遠江国への本格的な侵攻を開始し、織田・徳川方への攻勢を強めた。信長は同年5月、伊勢長島の一向一揆を攻め、9月12日には浅井長政らに与する比叡山延暦寺を焼き討ちにした。さらに1572年(元亀3)、信長は近江の浅井氏への攻撃を開始、本城の小谷(おだに)城は翌1573年(天正1)に落城、浅井氏は滅亡している。一方、1572年(元亀2)に西上を開始した武田信玄は、12月22日には三方ヶ原の戦いで徳川軍に大勝したが、翌年4月に病没。武田氏の西上作戦は中止された。1573年(天正1)7月、信長は反織田勢力と結んで信長に敵対していた足利義昭を京都から放逐し、ここに室町幕府は実質的に滅亡した。

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