金沢佐野金山跡(読み)かねざわさのきんざんあと

日本歴史地名大系 「金沢佐野金山跡」の解説

金沢佐野金山跡
かねざわさのきんざんあと

[現在地名]大槌町金沢 佐野

金沢川の左岸、佐野地内沢上さわかみ沢の上流にあって、くもが峰・桃立ももだち三枚平さんまいだいらの三山にまたがる。正保三年(一六四六)開発の水保呂みずほろ金山(雑書)にも隣接し、付近には数多くの廃坑跡が散在していたという。文政六年(一八二三)金沢村平助が当金山の再開発を計画、一ヵ年一〇両の運上金で草分証文を受けた(兼沢文書)。同八年には一〇ヵ年五〇〇両の運上金で織笠おりかさ(現下閉伊郡山田町)山師九兵衛に競い取られ、のち八日ようか町の文助に引継がれるが、両人とも成功をみず廃坑となった。天保七年(一八三六)頃二代目平助によって再々開発が行われ、新鉱脈の発見もあって藩営金山となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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