金蔵村(読み)かなくらむら

日本歴史地名大系 「金蔵村」の解説

金蔵村
かなくらむら

[現在地名]輪島市町野町金蔵まちのまちかなくら

井面いのもて村の南西に位置。地内を通り宇出津うしつ(現能都町)へ至る往来は金蔵越とよばれた(能登名跡志)。永正四年(一五〇七)四月四日銘の岩倉寺千手観音堂棟札(岩倉寺蔵)に「一貫文金蔵中之坊」とみえる。正保郷帳によれば高四八三石余、田方二一町八反余・畑方一〇町三反余。承応三年(一六五四)の村御印の高四九八石余、免五ツ二歩(能登奥両郡収納帳)。寛文一〇年(一六七〇)の村御印の高五一五石、免五ツ五歩、小物成は山役三九三匁・漆役九匁・蝋役四匁、鳥役一匁(出来)であった(三箇国高物成帳)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む