釜戸村(読み)かまどむら

日本歴史地名大系 「釜戸村」の解説

釜戸村
かまどむら

[現在地名]瑞浪市釜戸町

神篦こうの村の北東にあり、土岐川の両岸とその支流域および周辺丘陵部を占める。建武三年(一三三六)九月一七日の勧修寺所領目録(勧修寺文書)に「小簗・釜戸両郷」とみえ、光厳上皇より当知行安堵を受けるため注進された京都勧修かじゆう寺領一八ヵ所のなかにみえる。応永六年(一三九九)一一月一五日、信濃の市河氏は応永の乱に際して上洛する信濃守護代小笠原長秀に従ったが、当地釜戸で大内義弘方に荷担した土岐頼益に道を阻まれた(同七年四月二一日「市河興仙軍忠状」市河文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

〘 名詞 〙 ( 牽牛と織女の別れを悲しむ涙雨の意 ) 陰暦七月七日に降る雨。せいるいう。《 季語・秋 》[初出の実例]「歳時雑記曰、〈略〉七日雨、則曰二洒涙雨一」(出典:俳諧・滑稽雑談(1713)七...

洒涙雨の用語解説を読む