針尾(読み)はりお

日本歴史地名大系 「針尾」の解説

針尾
はりお

中世よりみえ彼杵そのき郡内の地名。針尾島南端の明星みようじようノ鼻で文治五年(一一八九)彫銘の滑石製経筒が出土している。嘉暦四年(一三二九)七月三日の東福寺領肥前国彼杵庄文書目録(正慶乱離志裏文書)に針尾兵衛太郎入道覚実がみえており、江上えがみ小鯛こだい(現針尾のうち)鈴田すずた(現大村市か)領主であったという。地名としても当時から存在し、彼杵庄のうちであったと考えられる。正平一七年(一三六二)に「針尾勘解由太夫藤原□□」が彼杵一揆に参加している(同年九月日「彼杵一揆連判状断簡写」福田文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む