鈴木金平(読み)スズキ キンペイ

20世紀日本人名事典 「鈴木金平」の解説

鈴木 金平
スズキ キンペイ

大正・昭和期の洋画家



生年
明治29(1896)年10月10日

没年
昭和53(1978)年3月8日

出生地
三重県四日市市

学歴〔年〕
白馬会葵橋洋画研究所卒

経歴
白馬会葵橋洋画研究所に学び、洋画家・黒田清輝師事。大正1年同所で知り合った岸田劉生らとともにヒュウザン会を結成した。この頃から、結核療養中の洋画家・中村彝の指導を受けるようになり、11年には「静物」で帝展初入選を果たす。その後、主に太平洋画会展や官展などに作品を出展し、昭和8年には旺玄社の設立に参加。戦時中に同会を脱退するが、戦後には復帰し、旺盛な創作活動を続けた。初期の作品は師・中村彝の影響を色濃く反映したルノアール風のものが多かったが、のちキュービズム的な表現に移行した。また、版画技法の研究も行い、昭和17年の第5回新文展ではかすみ版を用いた「荒磯」が入選している。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 学歴

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「鈴木金平」の解説

鈴木金平 すずき-きんぺい

1896-1978 大正-昭和時代の洋画家。
明治29年10月10日生まれ。白馬会葵橋(あおいばし)洋画研究所にまなぶ。大正元年岸田劉生(りゅうせい)らのヒュウザン会結成に参加。中村彝(つね)に師事。太平洋画会展,光風会展に出品するが,戦後は旺玄社会員として活躍。フォーブ調の画風を持ち味とした。昭和53年3月8日死去。81歳。三重県出身。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

2022年度から実施されている高校の現行学習指導要領で必修となった科目。実社会や実生活で必要となる国語力の育成を狙いとし、「話す・聞く」「書く」「読む」の3領域で思考力や表現力を育てる。教科書作りの...

現代の国語の用語解説を読む