鍬影村(読み)くわかげむら

日本歴史地名大系 「鍬影村」の解説

鍬影村
くわかげむら

[現在地名]磐田市鎌田(かまだ)

長江(ながえ)村の東、磐田原台地の南東端から南の平野部にかけて位置する。山名(やまな)郡に属する。正保郷帳には鍬景村とあり高三五六石余、幕府領。うち田方二二四石余・畑方二九石余、神明(現鎌田神明宮)領一〇〇石・全久(ぜんきゆう)院領二石・六所大明神領一石余。日損と注記される。延宝七年(一六七九)旗本本多市左衛門(正之)領となる(寛政重修諸家譜)。元禄郷帳では高三八五石余。年貢は寛政九年(一七九七)本多氏の遠州知行地である鍬影と南島(みなみしま)(現福田町)両村(知行高五〇〇石)分の年貢皆済引替証文(安西家文書)がまとめて発給され、鍬影村分は米三一四俵余、南島村分は二一七俵余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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