鎌田梁洲(読み)かまた りょうしゅう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「鎌田梁洲」の解説

鎌田梁洲 かまた-りょうしゅう

1813-1875 江戸後期-明治時代儒者
文化10年3月21日生まれ。小谷巣松(こたに-そうしょう)にまなぶ。嘉永(かえい)6年(1853)伊賀(いが)(三重県)藤堂家の家老となり,のち訓蒙(きんもう)寮をひらいて子弟を教育した。明治2年津藩校崇広堂(しゅうこうどう)講官,思斎舎教頭に任命された。明治8年4月1日死去。63歳。伊賀出身。名は政挙。字(あざな)は翔甫。通称は外記。著作に「軍書私説」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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