コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

鎌田梁洲 かまた りょうしゅう

1件 の用語解説(鎌田梁洲の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

鎌田梁洲 かまた-りょうしゅう

1813-1875 江戸後期-明治時代の儒者。
文化10年3月21日生まれ。小谷巣松(こたに-そうしょう)にまなぶ。嘉永(かえい)6年(1853)伊賀(いが)(三重県)藤堂家の家老となり,のち訓蒙(きんもう)寮をひらいて子弟を教育した。明治2年津藩校崇広堂(しゅうこうどう)講官,思斎舎教頭に任命された。明治8年4月1日死去。63歳。伊賀出身。名は政挙。字(あざな)は翔甫。通称は外記。著作に「軍書私説」など。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

鎌田梁洲の関連キーワード原在照座田太氏新井雨窓安斎教子円我岸田素屋関直吉関白駒堤玄徳目賀田介庵

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone