長三郎新田村(読み)ちようざぶろうしんでんむら

日本歴史地名大系 「長三郎新田村」の解説

長三郎新田村
ちようざぶろうしんでんむら

[現在地名]南区豊田本とよだほん町・豊郷とよさと町・江戸えど町・豊田とよだ町・明豊めいほう町・豊中とよなか

図書ずしよ新田の南にある。元禄年中(一六八八―一七〇四)熱田の伝馬役人が伝馬費用の助けとするため、藩の許可を得て開発したので当初は新伝馬しんてんま新田と称した。その後天災により何回も堤防が決壊し、正徳四年(一七一四)にはついに修復できず、三〇〇両をもって熱田の材木ざいもく町の商人江戸屋長三郎に売渡された。寛保三年(一七四三)の縄入で田は一五町五反四畝余、畑は二町四反三畝余(徇行記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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