長久保新田(読み)ながくぼしんでん

日本歴史地名大系 「長久保新田」の解説

長久保新田
ながくぼしんでん

[現在地名]氏家町長久保

氏家村の北西、村の中央を五行(ごぎよう)川が南流し、北部を市の堀(いちのほり)用水が東流する。村内を会津中街道・会津西街道が通る。長窪とも記された。氏家村の枝郷。明暦二年(一六五六)に開発された氏家八新田の一つという。宇都宮藩領。寛文一一年(一六七一)の検地帳(鈴木潤文書)によると高五一石余・反別三三町九反余。元禄郷帳の高五九石余、天保郷帳では一〇〇石余。奥州街道氏家宿の助郷高五一石余を勤めた(往還雑記)。貞享四年(一六八七)の上野原境界裁許絵図(松島区有)には家二九軒が記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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