長山城跡(読み)ながやまじようあと

日本歴史地名大系 「長山城跡」の解説

長山城跡
ながやまじようあと

[現在地名]山口市亀山町

山口市街地の北西部、鴻(こう)ノ峰(みね)山麓東南部にある丘陵の亀(かめ)山にあった。

築城年代は不明であるが、天正年間(一五七三―九二)毛利氏は三浦元忠を城番とした。慶長四年(一五九九)毛利輝元が毛利秀元に長門一国と周防吉敷(よしき)郡を分地して封じた時、秀元はこの長山の城を修築した。しかしその完成をまたず、関ヶ原の戦の結果、毛利輝元の防長移封となり、秀元は長府(ちようふ)(現下関市)に移った。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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