長師村(読み)ながしむら

日本歴史地名大系 「長師村」の解説

長師村
ながしむら

[現在地名]中島町長師

忽那くつな(現中島)の南岸に位置し、北は小浜おばま村、西は宮野みやの村に接する。

慶安元年伊予国知行高郷村数帳(一六四八)風早かざはや郡の項に「長師村 日損所、芝山有」とみえ、村高二一六石五斗九升、うち田一二〇石五斗九升、畑九六石と記されている。天正一五年風早郡忽那嶋長師村御検地帳が存在するから同年(一五八七)以前に成立した村である。江戸時代を通じ松山藩領。

村域から石包丁・弥生土器片を出土するが、地域が開けたのは応徳元年(一〇八四)藤原親賢が流罪となり、忽那島に土着して以来である(忽那嶋開発記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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