長瀬町(読み)ながせまち

日本歴史地名大系 「長瀬町」の解説

長瀬町
ながせまち

[現在地名]佐賀市長瀬町

長崎街道を西の方からくると城下の入口、東の方からくると出口に近い東西に長い町である。慶長年間(一五九六―一六一五)鍋島勝茂城下町を創設する時、城北の郊外長瀬村(現高木瀬町)に住んでいた初代肥前忠吉をはじめとする刀鍛冶やその他鍛冶屋を移住させた。「忠吉初メ城北長瀬村ニ居住ス、後、一族ヲ率テ佐嘉城下ニ移ル、故ヲ以テ長瀬町と云フ」(肥前国忠吉嫡伝系図)。元文五年(一七四〇)の佐賀城下図に正光しようこう(現照光寺)のそばに橋本近江・橋本左伝次などの刀鍛冶の屋敷が描かれている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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