長谷部忠(読み)ハセベ タダス

20世紀日本人名事典 「長谷部忠」の解説

長谷部 忠
ハセベ タダス

昭和期の新聞人 元・朝日新聞社長・論説主幹。



生年
明治34(1901)年7月2日

没年
昭和56(1981)年11月1日

出生地
熊本県小国町

学歴〔年〕
早稲田大学政経学部〔大正15年〕卒

主な受賞名〔年〕
勲一等瑞宝章〔昭和46年〕,NHK放送文化賞〔昭和47年〕

経歴
大正15年に東京朝日新聞社に入社。文章家で政治部の名記者として知られた。政治部次長、調査部長・論説委員、政治経済部長、編集局次長などを経て、昭和21年朝日新聞社取締役・東京本社代表、22年論説主幹、取締役会長、24年社制改革で社長となり、26年に追放解除の村山長挙復社するまで在任。退社後は同社顧問のかたわら、第5次選挙制度調査会の副会長兼運営委員長、政治資金規制協議会代表幹事、東京都行財政臨時調査会会長などを歴任した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 学歴

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「長谷部忠」の解説

長谷部忠 はせべ-ただす

1901-1981 昭和時代新聞記者,新聞経営者。
明治34年7月2日生まれ。大正15年東京朝日新聞社にはいる。政治経済部長などをへて昭和22年論説主幹,取締役会長,24年社制改革で社長となる。「朝日新聞」の再建につくし,GHQ言論統制に抵抗した。NHK解説委員。昭和56年11月1日死去。80歳。熊本県出身。早大卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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