間口村(読み)まくちむら

日本歴史地名大系 「間口村」の解説

間口村
まくちむら

[現在地名]大利根町間口・豊野台とよのだい

琴寄ことより村と古利根川を隔てて南に位置。古利根川沿いに堤防があり、南西しま川が流れる。天正一三年(一五八五)正月一四日の北条家印判状写(相州文書)に「まくち御領分之由候」とみえ、一色中務大輔に利根川の東に在陣中は船渡しを停止し、船を引上げ、船橋は一ヵ所のみとするよう命じている。間口が一色氏領分の重要地点であったことがわかる。当村を含む七村が羽生はにゆう(風土記稿)。田園簿によると田高一五石余・畑高五六九石余で、幕府領。このほか野銭永七貫七五〇文。元禄郷帳では高四〇一石余、国立史料館本元禄郷帳では幕府領と旗本渥美・細井の相給。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む