間長瀬村(読み)まながせむら

日本歴史地名大系 「間長瀬村」の解説

間長瀬村
まながせむら

[現在地名]中野市大字間長瀬

夜間瀬(よませ)川扇状地の先端湧泉地帯に発達した集落で、東は金井(かない)、西は壁田(へきだ)・厚貝(あつかい)、北は下笠原(しもかさはら)、南は間長瀬新田(まながせしんでん)の各村に接している。

開発は遅く、慶長七年(一六〇二)森右近検地には竿請なく、初見は元和七年(一六二一)福島正則検地で、本田村高五六石四斗二升となり、以後新田に比して耕地が延びない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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