関郷(読み)せきごう

日本歴史地名大系 「関郷」の解説

関郷
せきごう

関氏の居住開発によってよばれるようになった中世の郷。伊勢国の関氏の族といわれる関盛春が伊那郡新野にいのに来住し、土地の住民に推されて領主となり、栩窪とちくぼの地に居館を設けたといわれるが、他に説もあり、確証はない。坂部さかんべ(現天龍村)の諏訪社所蔵の鰐口銘に「信州関郷左閑部若宮八王子鰐口、永享十一年十月廿五日」とあり、永享一一年(一四三九)に関郷の名がある。応永七年(一四〇〇)八月、信濃国守護小笠原氏の信濃入部によって起こった大塔合戦に「関豊後守」が参戦(信州大塔軍記)、永享一二年の結城合戦の結城陣番帳(笠系大成附録)にも「関殿・同名又六郎殿」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む