阿尾浦(読み)あおうら

日本歴史地名大系 「阿尾浦」の解説

阿尾浦
あおうら

[現在地名]日高町阿尾

西は太平洋に面し、小名田杭(たくい)(田杭新田とも)の南に日(ひ)ノ御崎(みさき)がある。北東は産湯(うぶゆ)浦。田杭を経て東は三尾(みお)浦(現美浜町)に続く。興国四年(一三四三)の一向専修念仏名帳(西教寺蔵)に「アヲノヲトマツ女」「アヲノ孫法師丸」の名がみえる。慶長検地高目録によると村高五五石余。延宝六年(一六七八)の「日高鑑」では高六八石余、田畑七町九反余、加子米二五石、家数一二六で内訳は本役七三・半役一九・無役二三・田杭新田百姓七・庄屋一・年寄二・ありき一、人数六四八、舟数三〇(いずれも漁舟)、網数八(いさぎ網二・四艘張三・地引網三)。浦口前所があり、手代一人が置かれた。天保郷帳では高一四七石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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