日本歴史地名大系 「阿波国村々御高都帳」の解説
阿波国村々御高都帳(高都帳)
あわのくにむらむらおんたかつづめちよう
成立 文化一〇年
解説 原本の所在は不明で、大正三年刊「阿波藩民政資料」のなかに所収のものが使われている。同書では名東郡富永久基氏所蔵(徳島市八万町)となっており、富永家文書は現在徳島市八万公民館に多くが置かれ目録が作られているが、当資料は含まれていないようである。作成年月は文化一〇年九月、末尾に速水善左衛門ほか一〇名の各郡郡代が連署しており、文化五年に幕府による国役金取立ての際取調べた在り高を、この度作製した国図に記した村々に付け、国図に添えて藩に提出したとある。記載される村は近世初期以後開発された塩浜や山間部の小村等も含み、「阿波志」・旧高旧領取調帳記載の村とほぼ一致する。寛文四年の郷村田畠高辻帳をはじめとする各年の郷帳類、旧高旧領取調帳とともに徳島の江戸時代の村の高を包括的に知るための根本史料となっている。阿波国の総石高は二七万七千七二九石余。
活字本 「阿波藩民政資料」
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報