阿為神社(読み)あいじんじや

日本歴史地名大系 「阿為神社」の解説

阿為神社
あいじんじや

[現在地名]茨木市安威三丁目

阿威(あい)山の中腹に鎮座。天児屋根命ほか三神を祀り、「延喜式」神名帳島下(しましも)郡「阿為(アイノ)神社鍬靫」に比定される。旧村社。苗森(いなもり)明神ともいい、社伝によると藤原鎌足の勧請という。鎌足と当地の関係は「日本書紀」皇極天皇三年正月一日条に中臣鎌子(鎌足)が神祇伯に任命されたが、再三固辞して病気を理由に三島(みしま)に退いたことがみえ、鎌足は当初摂津阿威山に葬られたともいう(多武峯略記)。「新撰姓氏録」(摂津国神別)に「中臣藍連」の名がみえ、天児屋根命一二世の孫大江臣の後裔とされている。藍連は安威付近を本貫地としたとみられるので、式内阿為神社は藍連らの氏神社とする説もある(特選神名牒)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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