阿野田村
あのだむら
[現在地名]亀山市阿野田町・天神町・海本町
亀山城の南にあたる。鈴鹿川南岸に広がる低地部とその南に続く緩斜地を占める。近辺に古墳期の遺跡が数多く散在する。また一帯は「和名抄」に載せる長世郷に含まれたと思われる。中世に入ると、式内真木尾神社の近辺に豊田御厨・安野田御厨が置かれ(神鳳鈔)、豊田庄の名もみえる(吾妻鏡)。関谷二四郷の一に数えられ(九九五集)、室町時代から戦国期にかけて関氏の与力豊田氏が砦を築いていた。豊田氏は上野垣内を本拠とする土豪で、文禄年中(一五九二―九六)には一族の四郎兵衛尉が桑名の代官になったという(亀山地方郷土史)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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