阿高村
あだかむら
[現在地名]城南町阿高
東は東阿高村に接し、北は浜戸川を望み、段丘地帯と山麓丘陵部に集落が形成され、水田・畑地が開ける。雁回山の山林が村の面積の多くを占める。中世は守富庄の荘域となった。弘治三年(一五五七)三月二五日の大友義鎮預ケ状(志賀文書)によれば、志賀民部太輔(親度)に対して「守富阿多香内拾壱町分」などが預けられている。「郡村誌」には西迫・内迫・東迫の字名がみられ、中世から近世初頭にかけて谷間の開発が進められたことをうかがわせる。慶長国絵図に村名が載り、石高は東阿高村と合せて記される。
阿高村
あたかむら
[現在地名]佐賀市北川副町大字光法
山津村の南の小さな村。東は佐賀江の分流新川で川副東郷と接し、西は角町村と接する。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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