日本歴史地名大系 「除川村」の解説 除川村よけがわむら 群馬県:邑楽郡板倉町除川村[現在地名]板倉町除川渡良瀬川右岸にあり、東は旧渡良瀬川を隔てて底谷(そこや)村(現栃木県下都賀郡藤岡町)、西は西岡(にしおか)村。南の低地はかつて渡良瀬川の流路であったと思われる。除川村開発録(飯塚文書)によれば、村の開発は天正年中(一五七三―九二)総州浪人が居住したのが始まりで、同一八年に宇都宮藩の検地を受けたという。開村以来、全国各地の浪人たちが次次と入村定着していった様子がうかがわれる。延宝六年(一六七八)写の天正一八年の下野国安蘇郡除川村検地帳(同文書)によると村高一三六石三斗余・田畑反別二〇町七反余、家数一三で、宇都宮藩領であった。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by