板倉町(読み)いたくらまち

日本歴史地名大系 「板倉町」の解説

板倉町
いたくらまち

面積:六七・〇六平方キロ

中頸城郡中部にあり、北と東は清里(きよさと)村、東は長野県飯山(いいやま)市、南は新井市、北西は上越市に接する。中央部から南東にかけて標高五〇〇―一〇〇〇メートルの山地が続き、ここを水源とする別所(べつしよ)川・大熊(おおくま)川がそれぞれ北西流し、町域西端を北流する関(せき)川に注ぐ。その流域に平地部が広がり、柿崎(かきざき)町と新井市を結ぶ道と、上越市と長野県を結ぶ近世の間道が交差する地点が、中心集落の針(はり)である。針には明治二九年(一八九六)教育者増村度次により有恒(ゆうこう)学舎が創設され、現在は県立有恒高等学校となる。町の北西部に親鸞の妻恵信尼の廟所があり、恵信尼はこの地の豪族三善氏の出身という。


板倉町
いたくらまち

面積:四一・三四平方キロ

邑楽郡東端に位置し、西は館林市・明和(めいわ)村、東は栃木県下都賀(しもつが)郡藤岡(ふじおか)町・埼玉県北埼玉郡北川辺(きたかわべ)町、南は埼玉県羽生(はにゆう)市・加須(かぞ)市、北は栃木県佐野(さの)市。南境を利根川、北境を渡良瀬川が流れ、中央部を谷田(やた)川が流れる。標高は一二・六―二五メートルで、県内屈指の低湿地。洪積台地は町の中央部を西から東に緩やかに傾斜する邑楽台地と東部の藤岡台地のみであり、他は沖積低地である。主産業は農業で、稲作・野菜栽培が盛んである。群馬のウクライナといわれる穀倉地帯である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「板倉町」の意味・わかりやすい解説

板倉〔町〕
いたくら

群馬県南東端,利根川と渡良瀬川にはさまれた先端部にある町。 1955年西谷田,海老瀬,大箇野,伊奈良の4村が合体して町制。付近一帯は古来低湿地にあり水害が多かったが,排水改良事業と堤防の増強により,洪水の心配がなくなった。これに伴って板倉沼をはじめ多数の沼が干拓され水田と化した。米作が主であるが,野菜栽培も行われる。水塚や上げ舟をもつ家が多い。重要文化財の八幡宮稲荷神社社殿をもつ雷電神社をはじめ安勝寺など古刹がある。国道 354号線が通る。面積 41.86km2。人口 1万4083(2020)。

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