陵厳寺村(読み)りようげんじむら

日本歴史地名大系 「陵厳寺村」の解説

陵厳寺村
りようげんじむら

[現在地名]宗像市陵厳寺・陵厳寺一―四丁目

釣(つり)川上流右岸に位置する。三郎丸(さぶろうまる)村の東にあり、北は城(じよう)山(蔦ヶ岳・蘿ヶ岳・赤間山・赤馬山ともいう)を境に遠賀(おんが)郡上畑(じようばた)村(現岡垣町)。田島の興聖(たしまのこうしよう)寺が所蔵する建久四年(一一九三)七月二二日書写の色定法師一筆一切経賢劫経八巻奥書に「赤馬庄中道寺」がみえ、当地の小字中道寺(ちゆうどうじ)にあたる。小早川時代の指出前之帳では枝村赤馬(あかま)町を含んだ厳寺(りようげんじ)村の田三七町九反余(分米六一〇石余)・畠一七町余(分大豆一〇五石余)。文禄三郡内知行方目録には鞍手(くらて)郡「りうけん寺村」が載る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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