陸田村(読み)くがだむら

日本歴史地名大系 「陸田村」の解説

陸田村
くがだむら

[現在地名]稲沢市陸田〈一里山いちりやま町・馬山うまやま町・栗林くりばやし町・高畑たかばた町・白山はくさん町・花塚はなづか町・東出ひがしで町・ほん町・丸之内まるのうち町・宮前みやまえ町〉

南は下津おりづ村・長野ながの村に接し、東境を岐阜街道が通り(天保村絵図)、享保一七年(一七三二)出町が開かれ、本郷は村の中央にあり、みなみなか・北の三区に分れている(徇行記)。弘安五年(一二八二)浄金剛じようこんごう院領としての千世氏荘坪付注進状案(醍醐寺文書)に「中嶋郡北条河崎郷陸田村八反」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む