随岸坊遺跡(読み)ずいがんぼういせき

日本歴史地名大系 「随岸坊遺跡」の解説

随岸坊遺跡
ずいがんぼういせき

[現在地名]田沼町戸奈良

足尾あしお山地南端三床みとこ(三三四・九メートル)より南へ延びた支丘陵先端部に位置。南の沖積地からの比高は二〇メートル前後。出土した土器は縄文時代早期後半の野島式、鵜ガ島台式、子母口式、茅山下層式、茅山上層式、前期の関山式、黒浜式にそれぞれ比定され、石器は珪岩製の篦状打製石斧(両面・片面加工)や磨製石斧、安山岩製の磨石などで、およそ縄文時代早期から前期に及ぶ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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