雄冬海岸(読み)おふゆかいがん

日本歴史地名大系 「雄冬海岸」の解説

雄冬海岸
おふゆかいがん

道央西部、浜益(はまます)村大字群別(くんべつ)字千代志別(ちよしべつ)から増毛(ましけ)町雄冬に続く日本海沿いの海岸。暑寒別(しよかんべつ)岳(一四九一・四メートル)などの増毛山地の山塊が突き出し、二六キロにわたって断崖絶壁の海岸線が続いている。中間部には「夷地第一の嶮岬」「西海岸第一の岬」(板本「西蝦夷日誌」)とされた雄冬岬がある。「丁巳日誌」(天之穂日誌)には判官伝説をもつ「カムイツフシイ」、焼山岬の意である「ヲフイ」、「西地三大岬の第一の難場なるが故に、木幣を削りて」納める「イナヲサキ」のことなどが記録されている。岬は「此辺鮑多く、また海栗・海帯下に一面に着たり」と記され、「ヲフイ海岸もいかなる岩間たりとも仮小屋を補理」していた(板本「西蝦夷日誌」)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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