霜降村(読み)しもふりむら

日本歴史地名大系 「霜降村」の解説

霜降村
しもふりむら

[現在地名]新旭町あさひ

堀川ほりかわ村の北東もり村の東にある。応永二九年(一四二二)の木津庄引田帳(饗庭文書)に「シモフリ道場」とあり、享禄二年(一五二九)饗庭又三郎売券(同文書)に霜降定林坊とみえる。天正一一年(一五八三)八月の杉原家次知行目録(浅野家文書)饗庭あいば庄内に霜ふりとあり、高五六五石余。寛永石高帳に三九五石とあるが、領主の記載がない。慶安高辻帳では高三九三石余は幕府領で、うち田方三六〇石余・畑方二六石余・永荒五石余。旗本渡辺茂領は高二石余で、これは以後幕末まで変わらない。幕府領分は慶安四年(一六五一)徳川綱重(寛文元年以降甲斐甲府藩)領、宝永四年(一七〇七)幕府領、享保九年(一七二四)大和郡山藩領となる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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