青井谷村(読み)あおいだにむら

日本歴史地名大系 「青井谷村」の解説

青井谷村
あおいだにむら

[現在地名]小杉町青井谷・野手(のて)・流通(りゆうつう)センター青井谷(あおいだに)

下条(げじよう)川を挟んで浄土寺(じようどじ)村の西に位置し、北部に青井谷新村がある。一帯はなだらかな丘陵地帯である。正保郷帳に「柴山青井谷村」とみえ高六一四石余、田方三一町九反余・畑方九町余、ほかに新田高五二石余。寛文三年(一六六三)の役家数一三、うち肝煎家一(「川西家高付帳」川合家文書)。同一〇年の村御印によると草高七〇八石(うち二〇石は明暦二年、二〇石は寛文元年の検地高入れ)・免四ツ、ほかに万治三年(一六六〇)―寛文三年の新田高九八石、万治元年の新田高三一石(青井谷新村分)がある。小物成は山役一貫五〇七匁・川役三匁(三箇国高物成帳)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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