青山南町四丁目(読み)あおやまみなみちようよんちようめ

日本歴史地名大系 「青山南町四丁目」の解説

青山南町四丁目
あおやまみなみちようよんちようめ

[現在地名]港区南青山みなみあおやま二丁目

明治五年(一八七二)成立の町。青山南町三丁目の西に続き、江戸時代の矢倉沢やぐらさわ往還の南への屈曲点にある。同名各丁目と同様に江戸時代は青山氏邸内で、慶長九年(一六〇四)には教学きようがく院が当地に寺地を得たといわれる。寛永二〇年(一六四三)青山幸成(忠成の子)火葬を邸地内で行い、法号によって梅窓ばいそう(現浄土宗。現在も一族の墓域)が建立された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む