青山鉄槍(読み)あおやまてっそう

日本大百科全書(ニッポニカ) 「青山鉄槍」の意味・わかりやすい解説

青山鉄槍
あおやまてっそう
(1820―1906)

幕末・維新期の儒学者。水戸生まれ。史学、文学に秀でる。名は延寿(えんじゅ)、字(あざな)は季卿(きけい)、通称は量四郎。槍術(そうじゅつ)に優れ、号は鉄槍(斎)。拙斎(せっさい)の第四男。家学を受け、江戸で古賀侗庵(こがどうあん)(1788―1847)に学ぶ。1843年(天保14)水戸藩校弘道館(こうどうかん)訓導、かたわら家塾を開く。1866年(慶応2)弘道館教授頭取と彰考館総裁の代役となる。1872年(明治5)東京に移住、東京府庁や修史局に勤める。おもな著書に『大八洲遊記(おおやしまゆうき)』『読史雑詠(とくしざつえい)』『常北遊記』などがある。

[瀬谷義彦 2016年4月18日]

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