靴みがき

世界大百科事典(旧版)内の靴みがきの言及

【靴墨】より

…靴墨は明治初期アメリカ人によって見本として持ち込まれた。日本で模造品が作られたのは1887年(明治20)前後のことで,90年には上野の博覧会(内国勧業博覧会)入口に靴みがきが現れたという記録がある。当時の靴墨は黒1色で,骨炭と黒砂糖を混合し,硫酸に1週間ほどつけてからロールで練って作った。…

【デ・シーカ】より

…イタリアの映画監督。第2次世界大戦後,《靴みがき》(1947),《自転車泥棒》(1948)の2作でロベルト・ロッセリーニと並ぶ〈ネオレアリズモ〉の最大の監督となった。《子供たちは見ている》(1942)から《ミラノの奇蹟》(1950),《ウンベルト・D》(1952),《終着駅》(1953),《ふたりの女》(1960)等々に至る代表作のすべてが脚本家のチェーザレ・サバティーニとコンビを組んだもので,サバティーニの主張した〈日常性のネオレアリズモ〉はむしろデ・シーカとの共同作業によって形成されていったものとみなすことができる。…

※「靴みがき」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む