須江庄(読み)すえのしよう

日本歴史地名大系 「須江庄」の解説

須江庄
すえのしよう

現立山町内の常願寺川右岸段丘上および扇状地扇頂部にかけての地域と考えられる。文明八年(一四七六)一二月一三日の寺嶋誠世奉書(芦峅寺文書)の宛名に「須江庄芦峅御百姓中」とある。射水(いみず)・婦負(ねい)両郡守護代神保氏の被官である寺嶋氏は当時白岩(しらいわ)川左岸の池田(いけだ)城を居城としたとみられ、立山信仰の拠点としての芦峅寺(あしくらじ)一帯の支配に当たっていたが、当庄がほぼその範囲であろう。前掲奉書によれば、寺嶋氏は芦峅寺に六間屋敷地子等を講堂灯明料として寄進している。芦峅寺は近世に三八坊となるが、当時はまだ六坊だったのであろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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