須河村(読み)すごうむら

日本歴史地名大系 「須河村」の解説

須河村
すごうむら

[現在地名]橋本市須河

周りを山に囲まれ、谷に沿ってわずかに開けた丘陵地に集落があり、北は赤塚あかつか村。「続風土記」に「天文の頃新に開きし村なり、天文十九年上田家より須河谷を開くことを免す文書村中源五郎の家にあり、須河谷は菅生谷の義にして山菅の生ひ茂りたる谷にてありしならん」と記し、天文(一五三二―五五)頃開かれたとされる。慶長検地高目録には「須川村」とみえ、村高四八石余、小物成二斗二升三合。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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