須能村(読み)すのうむら

日本歴史地名大系 「須能村」の解説

須能村
すのうむら

[現在地名]七尾市須能町

佐々波(さざなみ)村の南西、黒崎(くろさき)川上流域、標高約二〇〇メートルの山間にある。加賀藩領。寛永一二年(一六三五)の鹿島郡喜兵衛組役家書上(藤井文書)に村名がみえ、役家一〇。正保郷帳では高六一石余、田方九反余・畑方三町一反余。承応二年(一六五三)の役棟一〇(「棟役調」鹿島郡誌)。寛文一〇年(一六七〇)の村御印の高六六石、免四ツ九歩、小物成は山役八七匁・苦竹役一匁、鳥役一匁(出来)であった(三箇国高物成帳)。元禄六年(一六九三)の検地で二五石引高。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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