風早台貝塚(読み)かざはやだいかいづか

日本歴史地名大系 「風早台貝塚」の解説

風早台貝塚
かざはやだいかいづか

[現在地名]鶴見区岸谷二丁目、神奈川区子安台一丁目

南に東京湾を望む下末吉しもすえよし台地東部の南西に延びた標高四〇メートルの舌状台地上にある。台地の大塚おおつか打越うちこし・ツクリまつなどの地名でもよばれ、生見尾村うみおむら貝塚の名が研究史上有名である。大正一三年(一九二四)四ヵ所が発掘調査され、そのうちのA・C地点の貝塚は、諸磯a・b期に属するもので、貝層は約三〇センチ、ハマグリを主体とし、伸展葬の人骨も発見されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 打越 環状 大塚

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む